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東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)60号 判決 1981年4月28日

原告

ブラザー工業株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和53年1月30日、同庁昭和44年審判第2069号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和39年1月31日、名称を「編機の自動選針装置」とする発明について特許出願(昭和39年特許願第4876号)(以下、「原出願」という。)をし、昭和40年7月12日出願公告(特公昭40―14622号)され、さらに原出願の公告後である昭和40年8月5日、特許法(昭和34年法律第121号)第44条第1項の規定に基づき右原出願からの分割出願として、名称を「手編機の選針部体変換装置」(当初の名称は、「編機の選針装置」)とする発明について特許出願(昭和40年特許願第47624号)をしたが、昭和44年1月22日拒絶査定を受けた。

そこで、原告は、昭和44年4月2日、審判を請求し、昭和44年審判第2069号事件として審理された結果、昭和53年1月30日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決がなされ、その謄本は昭和53年3月27日原告代理人に送達された。

2  本願発明の要旨

編針を前後動自在に列装した溝板の後下方に配置された複数個の選針部体を夫々編針に対して異なる2位置のいずれかに選択的に移動配置させ、その各選針部体に於ける編針選出部の編針に対する配置状態を変換し得るようにした選針部体変換装置に於いて、前記選針部体の全てを一旦前記2位置の内の定められた一方の位置に揃列される揃列装置と、その揃列装置の揃列作用の解除に関連して、前記選針部体の内選択的に所望の選針部体をそのまま前記一方の位置に保持させる保持装置と、同じく前記揃列装置の揃列作用の解除に関連して、残りの選針部体を前記2位置の他方の位置に復帰させる復帰装置とを備えたことを特徴とする手編機の選針部体変換装置。

3  審決の理由の要旨

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりのものである。

なお、本願は、昭和39年1月31日に出願した昭和39年特許願第4876号を原出願として、その原出願の公告後に、特許法第44条第1項の規定により、昭和40年8月5日に分割出願されたものであるが、後記の理由により特許法第44条の要件を満たしていないので、出願日の遡及は認められず、分割出願日を本願の出願日とするものである。

(2)  そこで、本願の出願日の遡及に関して検討した結果は次のとおりである。

本願の原出願である昭和39年特許願第4876号の発明の要旨は、その明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。

「針床に内蔵され編針と係合する係合部分を所定間隔置きに具え、各別に編針に対する作用位置と不作用位置とに移動し得る複数個の柄板と、その柄板を作用位置または不作用位置に移動させるためのすくなくとも前記柄板と同数の電磁装置と、作用位置または不作用位置に移動した前記柄板をすくなくともいずれか一方の位置に錠止する錠止装置と、前記各電磁装置の給電回路中に直列に接続された複数個の開閉器と、前記全電磁装置と前記全開閉器との給電回路中に直列に接続されたすくなくとも一個の共通の主開閉器と、前記開閉器を動作させるための信号列を一定間隔ごとに記録した信号記録カードと、針床上に装架されたキヤリツジの移行に伴う一段の編目編成ごとに前記信号記録カードを前記一定間隔あて給送するカード送り装置とを備え、キヤリツジの一段の編目編成操作終了後に自動的または手動的に前記錠止装置を解放するとともに前記主開閉器を閉じ、前記開閉器を動作させた信号記録カード上の信号により柄板を作用位置または不作用位置に移動させた後前記錠止装置を作用させ、かつすくなくともカード送り装置を作動する以前に前記主開閉器を開くようにしたことを特徴とした手編機の自動選針装置。」

そして、本願の発明と原出願の発明とを比較してみると、本願の発明は、揃列装置に関する事項を要旨としており、この点は、原出願の特許請求の範囲には記載されていなかつたものである。そして、本願は、原出願が2以上の発明を包含し、これを分割出願したものであるという点に、基本的な問題があるので、この点について検討する。

そこで、まず、そのもとの特許出願について考えてみると、特許出願は願書を提出するとともにそれに明細書及び必要な図面を添付することを前提として成立するものである(特許法第36条第1、2項)。

そして、特許法第36条第4、5項によれば明細書の発明の詳細な説明にはその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成、効果を記載すること及び特許請求の範囲には発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載して特許を受けようとする発明を特定することを要求している。

すなわち、特許請求の範囲に記載された発明のみが特許を受けようとする発明、換言すれば特許出願に係る発明として認識されるのであり発明の詳細な説明に記載されてはいても特許請求の範囲に記載されていない発明(例えば先行技術等)は特許を受けようとする発明ではない。

そして、分割出願は原出願において特許を受けようとする発明を対象としてなされるべきものであり、前述のように特許を受けようとする発明は特許請求の範囲に記載されていることが必要であることを考えあわせると、分割出願に係る発明が原出願の特許請求の範囲に記載されていることを適法な出願分割の一要件とするのが相当である。

このことは、パリ条約第4条G(1)(2)における「2以上の発明」について同様に解することに何らの妨げも見当らないし、また、前記の点については、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達の前後にかかわりがないものである。

実務において、原出願中に特許請求の範囲記載の発明以外の発明について特許を受ける可能性があることを発見したときは、まず特許法第38条、同第36条第6項(昭和34年法律第121号)の規定により併合出願とすることによりこの要件はみたされる。これは、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前には明細書の要旨を変更しない範囲で手続補正書を提出することにより可能である(特許法第41条)。

しかも、出願の分割とは原出願の一部を新たな特許出願とするものであるから新たな出願に移行した一部は原出願から当然除かれる。すなわち削除することが必要でありこれは分割出願と同時に原出願について移行した一部を削除する旨の手続補正書を提出することによりなされるべきものである(特許法施行規則第30条)。

現実の運用では、原出願において、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にあつては、特許請求の範囲以外の個所に記載されていた発明についての出願の分割を直接認めているのは、これらの手続補正書の提出手続を省略したものとして取り扱つているからに外ならない(仮りにこれらの手続補正書を提出しなければならないとすれば併合出願をすると同時に削除するという実務上意味のない行為を強いられることになる)。

これに対して、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後には、上記と事情を異にし、特許法第64条に規定する制限を受け、特許請求の範囲以外の個所に記載されていた発明を、特許請求の範囲に記載する補正は不可能である。したがつて、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後の出願の分割は、その分割出願に係る発明が、分割出願時に、原出願の特許請求の範囲に記載されており、しかも、その発明を分割出願と同時に、原出願の特許請求の範囲から削除した場合でない限り、適法なものということはできない。

本願は、原出願について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後に出願されたものであつて、前記のように、本願の発明は、原出願の特許請求の範囲に記載されていた発明つまり原出願に係る発明ではなく、そして、原出願は既に公告後であるので、特許法第64条の規定により、補正の制限を受け、原出願に係る発明を2以上の発明に補正する余地(実際の手続きを省略するとしても)もなく、本願は、特許法第44条第1項に規定する前記要件をみたしていないものであり、本願について、同条第2項に規定する出願日の遡及は認められない。

(3)  そこで、審理するに、前記のように、本願は、昭和40年8月5日に出願されたものであり、その発明が、本願の出願前に頒布された原出願の公報、特公昭40―14622号公報(公告日昭和40年7月12日)に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に規定する発明に該当し、特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決は、原出願の出願公告決定後の分割出願である本願発明が原出願の特許請求の範囲に含まれていないことを根拠として、本願について出願日の遡及を認めない。

しかしながら、特許法第44条第1項の「2以上の発明」とは、出願公告決定の前後を問わず、もとの出願の特許請求の範囲に記載されている発明だけではなく、発明の詳細な説明または図面に記載されている発明をも含むと解すべきである。

本件において原出願の出願公告決定後の分割出願にかかる本願発明は、原出願の特許請求の範囲には記載されていないが、発明の詳細な説明には記載されているから、本願は分割出願の要件を満たしているのであつて、本願発明が原出願の特許請求の範囲に記載されていないことを根拠として本願につき分割出願の要件を満たさないとした審決は誤りであり違法であるから取り消されるべきである。

2 請求の原因に対する答弁

請求の原因記載の事実は、すべて認める。

理由

1  請求の原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、本願は、昭和45年法律第91号による改正前の特許法第44条第1項の規定により昭和40年8月5日に分割出願されたものであるところ、その原出願(昭和39年特許願第4876号)が、昭和39年1月31日出願され、昭和40年7月12日に特公昭40―14622号として出願公告されたこと及び審決が、本願発明は、原出願の特許請求の範囲に含まれておらず、かつ、原出願の公告後であるから特許法第64条の規定により原出願に係る発明を2以上の発明に補正する余地もないことを理由として本願について特許法第44条第1項の規定する分割要件を満たさないとして出願日の遡及を認めなかつたものであることが明らかである。

しかしながら、特許法第44条第1項の規定による分割出願において、もとの出願から分割して新たな出願とすることができる発明は、特許制度の趣旨に鑑み、もとの出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されている場合には、右明細書の発明の詳細な説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えないと解するのが相当であり、また特許法第64条第1項本文によれば、明細書又は図面の補正は、特許出願について査定又は審決が確定する以前であつても、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後は、特許法第50条の規定による通知を受けたとき、又は特許異議の申立があつたときは、同条の規定により指定された期間内に限り、特定の事項についてこれをすることができるとされているが、単に分割出願の体裁を整えるために必要な明細書又は図面の補正は、前記特許法第64条第1項本文の規定にかかわらず、これをすることができるものと解するのが相当である(最高裁昭53年(行ツ)第140号昭和56年3月13日判決参照)。

したがつて、審決が、「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後の出願の分割は、その分割出願に係る発明が、分割出願時に、原出願の特許請求の範囲に記載されており、しかも、その発明を分割出願と同時に、原出願の特許請求の範囲から削除した場合でない限り、適法なものということはできない。」とした判断は誤りである。

この誤りが、審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかであるから、審決は、違法として取消しを免れない。

2  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(杉本良吉 高林克巳 舟橋定之)

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